那須高原楽家楽我流 Invitation to the SOTETSU-NASU RESORT
那須賛歌 那須高原「楽家楽我」
オーナー様紹介「相鉄の那須流 楽家楽我」
  那須賛歌 那須高原「楽家楽我」
  写真家:北中康文さん
 
自然と撮るならば自然の中にすみたい。それが原点。
  それまで東京都多摩市に住みながらスポーツカメラマンとして多忙な毎日を送ってきた北中康文さん。1988年にはツール・ド・フランスを収めた“LE TOUR DE FRANCE”(スーパーエディション刊)も出版。そのスポーツカメラマンというポジションを捨てて那須に移り住んだ。そして10年が過ぎた。ご家族は5人。奥様と3人のお子様。「長女は東京生まれ。1歳のときに那須に移転。後の2人はこちらで生まれました。根っからの土地っ子として近くの小学校に通学しています。長女が生まれてすぐ病気になり入院したことがきっかけで命や命を構成する水の大切さを考えるようになりました。」
   
 
広葉樹に囲まれた那須は自然の変化が顕著で美しい。
その後、那須へ移り住むことを決意。「スポーツカメラマンから自然を撮る写真家へと転進を決めました。自然を撮影するならば自然の中に住みたい…。いろんな所を検討しましたよ。八ヶ岳、安曇野。信州でも物件を探しましたけれど、結局ここに決めました。信州はカラマツやアカマツなど針葉樹の別荘地が多いんですよ。針葉樹って季節感が希薄なんですね。この「相鉄の那須」に決めたのはここが広葉樹の林に囲まれた別荘だったことが大きな要因。落葉の広葉樹に囲まれ、季節の変化が顕著。紅葉もきれいだし…。」  
   
 
子供たちとソリ遊びしたり、家族との時間も大切にしています。
  奥様の反対はなかったのですか?と伺うと「家内もけっこう田舎育ちなので、あまり違和感はなかったようですね。子供たちはすっかり地元に溶け込んでいるようです。小学校には集団登校するので近くまで車で送っていきます。結構自分たちで遊びを見つけて楽しんでいるようです。雪が積もっているときなどは、自宅の前の道路が傾斜があるのでソリ遊びを一緒にやったりしています。最近では学校に頼まれて子供たちの運動会の写真を撮ってあげたりしています。けっこう喜ばれていますよ。」という言葉の端からご家族との時間も大切にしているのがわかります。そしてお子様たちに父親が仕事をしている姿を間近に見せられる事ってとてもうらやましい風景でもあります。
都心に暮らしていた経験から言えば少し不便なような気がしますが…という質問には「慣れればあまり感じませんね。東京には月に2〜3度は打ち合わせなどで出かけますが、車で那須塩原駅まで出て新幹線で1時間ちょっとですからね。駅前の駐車場なんか5日間置いてもたったの500円ですよ。買い物は週に1回程度、黒磯や白河に出かけています。車があると不便は感じませんね。」
   
 
風を感じさせる自然を写真集にした「風の回廊〜那須連山〜」  
那須に移住10年を記念して、それまで撮りだめていた那須高原の写真を集めた写真集『風の回廊〜那須連山〜』(文一総合出版刊)を2003年に出版。これまでのスポーツカメラマンから転身して自然写真家としてのデビューを果たした。「よくスポーツカメラマンから自然写真家へ転身した時ギャップはなかったのか、と質問されるんですけど、自然もスポーツも被写体としてはそれほど変わらないと思いますよ。自然の表情もスポーツ以上に俊敏な表情をしますしね。たとえば波が砕ける瞬間とか、滝の表情とか、鳥が飛び立つ瞬間とかはスポーツそのものです。そういう意味ではスポーツを撮っていた経験や技術がすごく役立っていると思いますし、それが私の個性につながっていると思います。風の回廊でもそうしたところを感じてもらえると思います。」
那須に息づく自然は本当に豊か。新緑の頃の山ツツジ、高山植物、野生の山百合、アジサイ。撮影のために茶臼をはじめ那須連峰にもよく登っていたとか。多いときは週に4〜5日。
「季節の変化を肌で感じながら生活していると、五感が研ぎ澄まされてきます。特に聴覚が発達してきます。耳から入ってくる音でたくさんのことが感じられるようになってきますよ。」北中さんにとって「相鉄の那須」をベースにした暮らしは、自然をパートナーとして、すばらしい作品を生み出し始めてます。
 
   
2004.3.5「相鉄の那須」にて
取材当日は朝からの大雪でした。
 
 
   
 
 
    ※当ホームページのトップページおよび各扉ページに北中さんの写真を使わさせていただいております。
     
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